リアルサウンド・アンプ開発者メッセージ

リアルサウンド・アンプ RSA-F1、RSA-M1、RSA-V1開発にあたって
【PART-2】

スペック株式会社 取締役技術担当 矢崎 皓一

オーディオ原体験

オーディオ機器の開発はすぐれて人間的な営みのなせる業であって、そうだからこそ、それが奏でるサウンドには開発にあたった技術者の単なる技術レベルだけではなく、それにかける思いやこだわり、そして感性や音楽性、多少大げさに言えば人間性がそのまま反映されます。
という事で、アンプ開発のお話しをさせて頂く前に、まことに汗顔ものですが、開発にあたった私自身のオーディオ、あるいは音楽に関する原体験を述べさせて頂き、その中で私が何を目指してきたのか---、ご理解を賜ればと願っています。
もう40年前の事ですが、今でも鮮明に思い出すのは、1971年秋、五反田卸売センターでのオーディオ・フェアにおける「無線と実験」誌のブースでの、真空管アンプの鳴き合わせです。
一方はKT-88のPPアンプで、確か片ch70~80Wも出力の取れるもので、外観的にも超弩級、大変に見事な出来栄えであり、また20dB以上の負帰還をかけ静特性に関しては全く非のつけようもない仕上がりでした。しかしこの大出力、高負帰還のアンプは、大出力が空振りしているような良くも悪くもまことに普通過ぎる音でした。
もう一方はカンノアンプと呼ばれていた、WE300Bのシングル無帰還アンプ、それもアウトプットだけでなく段間にもインターステージ・トランスを採用した、いわゆるトランス結合という極めてプリミティブな形式のアンプで、出力も高々6W~8Wの出力しか取り出せません。ただし、そのトランスはウェスターンのコア材を徹底的に調べ上げ、そのコア材から金属メーカーに特注したという高価なパーマロイ・コアによるもので、一般には入手困難な希少な物という事でした。またスピーカーは名器と称されたALTEC A-5、システムとしても100dB近くの高能率の物で、真空管アンプの比較試聴には大変にマッチしていて、この2つのアンプのサウンドの差を我々の前に圧倒的な明晰さで表現してくれました。この時のカンノアンプの音色の美しさには言葉を失いました。多くの聴衆のかなり後方で聴いていたのですが、何か空間に透明なエーテルが漂っているのではないか、と錯覚させるような“美音”、まさに“音楽”が鳴っていたのです。
私にとって結論はあまりに明白でした。そしてリニアリティに優れる直熱3極管によるシングルアンプと高能率のホーンスピーカー・システムを有する事が、以後の私のオーディオ探求の目標となったのです。
まずその直熱3極管による無帰還シングルアンプについては、「無線と実験」、1972年7月号に掲載された安斉勝太郎先生によるWE310A駆動によるDA30(PX-25A)無帰還シングルアンプの製作記事に引き付けられました。現在ではヴィンテージとも言えるほとんど入手困難な基本特性の優れた真空管、極めて簡潔な回路、コアボリュームの大きなアウトプットランス、無帰還でありながら必要十分な静特性等に魅力を感じ、早速部品を集め始め、シャーシも特注し翌年の73年2月には一応完成を見ました。一聴したところ極めて静かなアンプという印象でしたが、このアンプの奏でるサウンドにはさすがに英国生まれのパワー管故か品位と自然さ、そして何か桁違いのポテンシャルも感じられて、製作後既に38年が経過しましたが、今も改良がとぎれる事なく続けられていて、オーディオの真の奥深さを私に教えてくれています。

ジャズボーカル

また、私の音楽の趣味を決定づけた学生時代は、ある意味ではモダンジャズの全盛期であり、優れたオーディオ機器で、グルーヴィなジャズを奏でるジャズ喫茶も多く、そんな時代に友人の影響もあって、洗練された白人のジャズボーカルにのめりこみました。英語による洒落た歌詞、その崩し方の自然さ、日本人には決してまねのできない彼らの体に生来備わっているリズム感等、その深い魅力に引き付けられたのです。また、日本人と彼らの体の大きさの違いか、発声構造のそもそもの違いか、ボーカルの声その物が違っていることも判ってきました。例えばフランク・シナトラの強靭な声の再現には、中低域の充実が欠かせないという事実です。また英語においては子音が大事であり、日本語にはないこの高音域に存在する子音をいかに自然に表現するかが彼らのボーカルをリアルに再現する極めて重要なキーである事を認識したのです。後年、彼らのボーカルをリアルタイムで周波数分析すると、その帯域の広大さ、そしてその複雑極まりないスペクトラムの紋様は他の様々な楽器、例えばピアノやバイオリン等のそれをはるかに凌ぐこともよく判り、オーディオによる音楽再現には最も精緻な創造物でもある人間の声、殊にジャズボーカルをよりリアルに再生することが、重要であることを再確認し、これが私の果てしのないオーディオ探求の目標になったのです。

IRの優れたソリューション、真の第3世代アンプ

さて、ほぼ40年このかた仕事も趣味もほぼ同一線上にあって、オーディオを音楽を自分なりに楽しんできた私ですが、ようやくたどりついたのが、米国IR社のDクラスアンプのソリューションでした。ドライブICとDirectFETと名付けられ、MOSFETを直接、金属缶に貼りつけたパワーデバイスからなりますが、このソリューションに初めて出会った時に、もしこれらのデバイスを真に生かすことが出来得るならば、半世紀を大きく超える時空を超越し、先に述べた直熱3極管によるシングルアンプの人肌を感じさせるような自然で美しい音色と豊かなサウンドを実現できるのではないか、と直感したのです。 アナログ技術の極地ともいうべき、まことに古典的な真空管アンプのサウンドと最新の半導体プロセス技術の粋によるDクラスアンプのそれが基本的な部分で同質の、何の違和感もないサウンドを表現しうるのではないか、という不思議な感覚に襲われた事は、当の私にとっても突飛に過ぎてにわかに信じられないような出来事であったのですが、このソリューションとの付き合いが深まれば深まるほどその直感が確信へと姿を変えてゆきました。またDクラスアンプはスピーカーの原理的に逆起電力の影響やインピーダンス変動の影響を受けづらく、低域駆動力に優れており、一般にアウトプットトランスを必要とする真空管アンプには到達し得ない正確なパワードライブも可能という大きな利点を有し、現在主流の90dB以下の低能率スピーカーをあたかも高能率スピーカーのごとく鳴らせるという事実も判ってきました。それは音が遠くまで飛ぶ、あるいはスピーカーの存在が消え、左右だけでなく前後に厚い立体感のある音場が形成されるという表現が適切かもしれません。そして試作が進む中で、私は次のように確信したのです。

“これまでの 80年~90年に及ぶ長い歴史を耐えてきた真空管アンプを第一世代、また既に半世紀に渡り音質が改善され、現在までオーディオを支えてきた半導体アンプを第二世代とすれば、自然な美しい音色で最良の真空管アンプに比肩し、低能率スピーカーにおいても半導体アンプを凌駕する高いドライブ能力を有するこの IR社のソリューションのポテンシャルを極めたDクラスアンプは、真の第三世代アンプになりうる。”

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